はじめに:その「小さなひび割れ」、気になっていませんか?
毎日の生産業務、本当にお疲れ様です。食品工場の現場では、生産スケジュールの管理から従業員の指導、そして日々の清掃まで、やるべきことが山積みかと思います。
そんな忙しい業務の中で、ふと足元を見たとき、コンクリートの床に髪の毛ほどの細いひび割れ(ヘアクラック)が入っていたり、壁と床の継ぎ目の塗装が少し浮いていたりすることにお気づきではないでしょうか?
「少し古くなってきたけれど、まだ生産に直接支障はないから大丈夫だろう」
「予算取りの説明も大変だし、次の大規模修繕のタイミングで相談しよう」
そのように考えて、対応を先送りにしたくなるお気持ち、現場を預かる責任者として痛いほどよく分かります。しかし、もし少しでも「HACCPの監査で何か言われないだろうか…」という不安をお持ちであれば、この記事はきっとお役に立てるはずです。
2021年のHACCP(ハサップ)完全義務化以降、食品衛生管理の基準は以前とは比べものにならないほど厳格になりました。かつては「建物の経年劣化」として見過ごされていた小さな傷も、現在の基準では「管理すべき衛生リスク」として、監査での厳格な指摘対象となります。
本記事では、一見些細に見える施設の劣化が、なぜ現在の食品工場にとって見過ごせない問題なのか。HACCPの考え方に基づき、専門家の視点から丁寧に解説させていただきます。
1. HACCP監査で見られるのは「清掃の結果」ではなく「構造」

HACCPの監査について、一つ大きな誤解をされている現場が少なくありません。それは、「監査の日に向けて徹底的に掃除をして、ピカピカにしておけば合格できる」という考え方です。
もちろん清潔であることは大前提ですが、監査官が本当にチェックしているのは「その一瞬の綺麗さ」ではありません。「誰が作業しても、常に衛生状態を維持できる構造になっているか?」という点を見ています。
HACCPの土台となる「一般的衛生管理プログラム(PRP)」において、施設設備の保守管理は極めて重要な要素です。
もし床にひび割れがあったらどうでしょうか? そこは物理的にブラシが届かず、汚れを掻き出すことができません。つまり、「清掃が不可能な場所(=汚染が蓄積し続ける場所)」が工場内に存在していることになります。
監査官の目には、そのひび割れが「まだ汚れていないから大丈夫」ではなく、「構造的な欠陥(不適合)」として映ります。これが、見た目の綺麗さに関わらず指摘を受けてしまう根本的な理由です。
2. リスク①:洗浄ブラシが届かない場所での細菌繁殖

床のひび割れを放置する最大のリスクは、食中毒菌の繁殖です。特に、食品工場で最も警戒すべきリステリア・モノサイトゲネスやサルモネラ菌にとって、コンクリートのひび割れは、これ以上ないほど快適な隠れ家となってしまいます。
コンクリートのひび割れと水分の関係
コンクリートのひび割れ(クラック)は、一度水分が入ると非常に乾きにくい構造をしています。「毛細管現象」により、洗浄水と共に食品残渣(タンパク質や糖分などの栄養分)が奥深くまで吸い込まれていきます。
表面は乾いているように見えても、ひび割れの内部は常に湿っており、栄養も豊富です。ここで細菌が繁殖し、やがて強固なバイオフィルム(菌膜)を形成します。
一度バイオフィルムが形成されると、通常の洗剤や消毒剤は表面を滑るだけで、内部の菌まで届かなくなります。「毎日殺菌剤を撒いているのに、なぜか菌数が減らない」。そのようなお悩みがある場合、床のひび割れが原因であるケースが非常に多いのです。
高圧洗浄が引き起こす「二次汚染」の可能性
さらに注意が必要なのが、良かれと思って行う「高圧洗浄」のリスクです。
ひび割れの中に菌が潜んでいる状態で、上から高圧の水を噴射するとどうなるでしょうか? 水圧によってひび割れ内部の汚染物質が叩き出され、目に見えない微細な水しぶき(エアロゾル)となって空中に舞い上がります。
この汚染されたエアロゾルが、空調の風に乗って清潔区域まで運ばれ、製造ラインや包装前の製品の上に静かに降り注ぎます。
「床をきれいに掃除した直後に、製品から菌が検出された」。このような不可解な汚染事故の多くは、実は床のひび割れからの巻き上げが原因となっていることがあります。
3. リスク②:塗膜剥離による異物混入(コンタミネーション)

床だけでなく、壁や天井の塗装劣化も深刻なリスクです。特に、塗装が下地から浮いて「ふくれ」ている状態は、いつ剥がれ落ちてもおかしくない状態と言えます。
劣化塗膜が製品に混入するプロセス
塗膜の剥離は、多くの場合、物理的な衝撃によって発生します。作業員の方の靴底が引っかかった瞬間、台車の車輪が通過した振動、フォークリフトの旋回による摩擦などがきっかけとなります。
こうして剥がれ落ちた塗膜片やコンクリートの欠片は、靴底やタイヤに付着して工場内を移動します(キャリーオーバー)。そして、ふとした瞬間に製造ラインに落下したり、原材料の中に混ざり込んだりします。
特に厄介なのが、食品工場の床や壁によく使われる「緑色」や「薄いグレー」「クリーム色」の塗膜片です。これらは野菜や練り物などの食品と色が似ている場合があり、目視検査やカメラ選別機でも発見が難しく、そのまま出荷されてしまうリスクが高まります。
製品回収という経営リスク
万が一、お客様の手元に届いた商品から「プラスチックのような破片(塗膜片)」が出てきたらどうなるでしょうか。
それは即座に「製品回収(リコール)」へと発展します。対象商品の回収・廃棄費用、原因究明のための調査費用、そして何より、長年築き上げてきたブランドへの信頼が損なわれる損失は計り知れません。
改修費用を「コスト」と捉えると高く感じるかもしれませんが、これらの莫大なリスクを回避するための「安全への投資」と考えれば、予防的なメンテナンスを行う方が経済的にも合理的であると言えます。
4. リスク③:防虫防鼠における「侵入経路」の放置
HACCPにおける害虫管理(IPM:総合的有害生物管理)の基本は、薬剤散布ではなく「侵入させない・発生させない環境づくり」です。この観点からも、建物の劣化を放置することは得策ではありません。
隙間は害虫の隠れ家
壁と床の境界にある「巾木(はばき)」が剥がれて隙間ができていたり、壁に台車がぶつかった跡の穴が開いたままになっていたりしませんか?
温かく湿気のある食品工場の壁裏や床下の隙間は、ゴキブリやチョウバエなどの衛生害虫にとって、天敵から身を守れる格好の繁殖場所(巣)です。
どんなに駆除業者を入れて定期的に殺虫剤を撒いても、彼らの「巣」である隙間が物理的に開いている限り、根本的な解決にはなりません。穴を塞ぎ、隙間を埋めることこそが、最も効果的で恒久的な防虫対策なのです。
5. 専門家がチェックする「補修が必要なサイン」

では、具体的にどのような状態になったら補修を検討すべきなのでしょうか。専門家である私たちが現場調査で特に注意して見ているポイントをご紹介します。セルフチェックの参考にしてください。
- 亀甲状のひび割れ: コンクリートの表面に細かく網目状(クモの巣状)に入ったひび割れはありませんか? これは表面強度が低下しており、高圧洗浄で表面が飛散する前兆です。
- 打音検査での「空洞音」: 見た目は綺麗でも、ハンマーの柄などで軽く叩いたときに「ポコポコ」と軽い乾いた音がしませんか? これは塗膜が下地から浮いている証拠です。
- 目地のシーリング切れ: 床の伸縮目地や、壁パネルのつなぎ目のシーリング材が切れたり無くなったりしていませんか? 水の侵入経路となります。
まとめ
早期発見・早期治療が、工場を長持ちさせます。
人間の体と同じで、工場の建物も「早期発見・早期治療」が基本です。
劣化が浅いうちであれば、全面的な改修ではなく、部分的な補修や、表面のトップコートの塗り替えだけで済む場合も多く、結果的にコストを抑えることができます。
「ひび割れはあるけれど、どの程度のリスクなのか判断がつかない」
「監査の前に、プロの目で一度チェックしてほしい」
そのように少しでも不安を感じられた方は、ぜひ一度、私たち栄城建装にご相談ください。無理に工事を勧めることはいたしません。まずは現状を正しく診断し、お客様の工場の衛生管理レベルを守るために何が必要か、一緒に考えさせていただければと思います。
最後までお読みいただきありがとうございました。

